僭越、甚だしくも

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私のオタク遍歴

 

皆さんに聞きたい。ジャニーズ、アーティスト、俳優、韓国アイドル、2次元、2.5次元。パッと思いつくだけでもこれだけありますが、何のジャンルとかひとまず置いておいて、自分ってばオタクだなと思ったのって、幾つの時か自覚はありますか?私自身、唐突にオタクの自我が芽生え今の今までオタクとして生きてきたので、どこで自覚したんだっけと、このブログ書きながら改めて考えてみたのですが、恐らく中学生の時には自己認識として私はオタクだなと思っていたし、そうなんだよ、己がオタクであると知っていた。何この自覚。

 

元々、素養としてBLには小学生の割と早い段階から知っていたし摂取していたし、その時は単純に漫画が好きだなという程度のゆるふわ感覚でした。結局のところ、オタクの自認はいつから始まるのか未だに謎な部分ではあるのですが。何せ本当に気づいたらオタクだったもので、オタクという単語を当時は知らなかったこと、またその自覚もなかったのであやふやなのかな。ということで己がどのようにしてオタクになっていったのか、時系列順に振り返ってみたいと思います。

 

●小学生(1~3年)
・二次元
なかよしを嗜む。読み始めたきっかけは覚えていないけど、小坂理絵の「セキホクジャーナル」「とんでもナイト」「ヒロインをめざせ!」の緩いギャグ付き恋愛ベタベタ漫画が好きだったし、「闇は集う」「セイントテール」「タカマガハラ」「タイホしてみーな!」「プライベートアイズ」この辺りもよく好んで読んでました。作品名出したら懐かしさで胸が痛くなる。今思えばチョイスがオタクじみている。私、まあまあいいセンスしてるじゃん(CV皆川純子)。

 

母親が漫画を読む人だったので、彼女の本棚から萩尾望斗や竹宮惠子名香智子大和和紀文月今日子を勝手に読んで育ちました。アニメはごく普通に楽しんでいたので「セーラームーン」「スラムダンク」「中華一番」とか見てましたね。超普通。この時点ではオタクのオの字もない。この頃は漫画って面白いなと思っていたし、アニメは夜ごはん食べながら親と見たり、日曜日の朝にひとり早起きしてマンションの子どもが絶対参加必須な廃品回収の時間になるまで「おジャ魔女どれみ」や「デジモン」を画面にかじりついて見るのが楽しかった。親が起きてこないから、チャンネル権が私にあったのが嬉しかったのもある。

  

・三次元
ほぼ三次元アイドルに興味は無かったんですが、V6は辛うじて知ってました。「伊東家の食卓」で三宅くんを見ていたし、弟がいたので「ウルトラマンティガ」を通して長野くんを知っていた。何より「学校へ行こう」でV6はカッコイイお兄ちゃん達だと思ってた。しかしこの時点で彼等がアイドルだという認識はなく、テレビに出ている人以外の何者でもなかった。当時、三宅くん派か森田くん派なのか、女の子同士で話題になった時期でもあり、女の子内での仲間はずれが嫌な時期だったので、話合わせで私は森田くん派と公言していました。あえて言うなら森田くんなのであって、その当時森田くんがどんな人かはお茶の間テレビ情報でしか知らなかったし、タレントという位置づけで顔への情報しかなかったので、好きとは。みたいな。いや、カッコイイとは思ってたんだけど、当時の女の子間での盛り上がりをきちんと共有するには至ってはなかったです。そんなわけで、私のジャニーズの芽生えはV6でした。

 
●小学生(4~6年)

・二次元
この頃から3個上の従姉妹がリボンを読んでいたことをきっかけに、なかよしの他にりぼんも買うようになりました。なかよしで連載されている漫画って、ハイファンタジーだったりその要素が強い設定が多かったので、リアルな恋の物語がある世界をここで知り、かなりのカルチャーショックを受けました。命懸けの恋、りぼんはしない。但しありなっちは除きます。その流れでちゃおも履修するようになり、こちらはラブ要素強めでそれはそれで文化の違いを感じるなどしました。「こどものおもちゃ」「グットモーニングコール」「神風怪盗ジャンヌ」「ペンギン☆ブラザーズ」「ご近所物語」昨今の電子書籍文化によってこれらの漫画、全部買い直しました。好き。いつまでも色褪せない物語is最高。読んではあまりのピュアさに天を仰ぎがちなオタク。

 

そして我がオタク人生に多大なる影響を及ぼし、未だに及ぼされているCLAMP御大の「X-エックス-」を小学五年生時に知り、衝撃で頭かち割られた。冒頭で主人公だと思ってた女の子が実の兄にバラバラにされる絵面、どう考えても多感な小学生には衝撃すぎた。「レイアース」や「カードキャプターさくら」の作者だとはこの時に知った。すぐに「東京BABYLON」その他CLAMP作品読み込んだよね。「CLAMP学園探偵団」「エンジェリックレイヤー」はほのぼのしてて好きだよ。まぁ、御大によって敵味方に分かれる構図の基礎、定められた運命、常識とは何かをここで学んだものの、「X-エックス-」の18巻以降、いつまで経っても発刊されないんですよね。なんなら全18巻ってネットに書いてある。CLAMPが望むエンドが出版社的にNGで止まってる等とまことしやかに噂が流れていましたが、流石にすぐ出るのではと思っていたのに、気づいたら20年経っているんですよ。おかしいね。時空が歪んでいるのでは。というか私はこんな年までオタクの予定ではなかった。でも、もうきっとここまできたら私ずっとオタクだと思うので、CLAMP先生、私ずっと、ずーっとお待ちしてます........。

 

また「天は赤い河のほとり」や「BASARA(田村由美)」を友達から借りて読むことで、長期連載作品の素晴らしさと恋愛スペクタクルロマンスの良さを知った。ラムセス二世や朱里、ましてや揚羽みたいな男は現実には居ないことは小学生の私に教えてあげたい。私へ、命を賭けられる女には自分はなれませんよ、私より。基本好きなキャラはこの3人が未だにベースだから、人格形成期における影響というのは計り知れないものがあると思います。多分ここでジャニーズとか三次元の男の子好きになってたら、違った運命もあったに違いない。ねえみんな損はさせないから1度でいいの、田村由美を履修して欲しい。絵柄は苦手な人が居るかもしれないけど、そんなこと気にならないくらいストーリーが神がかって面白いから。おすすめの漫画は?と聞かれたら私は全ジャンルの中で「BASARA」って答える。老若男女全てにオススメです。

更に、ライトノベルが好きなクラスメイト、漫画やラノベの台詞を諳んじることの出来るタイプのオタクに「魔術士オーフェン」の台詞や本のタイトルを耳元で囁かれ続け、富士見ファンタジアを履修。それこそまさに『馬鹿は一人でたくさんだ!』。同時期ヒットしていた「スレイヤーズ」と「フルメタル・パニック!」にも無事ハマり、学校の図書室通いがスタートしました。なんで小学校にライトノベル入れてくれてたのかは謎。

 

その流れで少女系ラノベにも傾倒し「東京S黄尾探偵団」を好きになったので、コバルト文庫ルビー文庫を履修、狂ったように読み漁っていたら、親としてはもう少し真っ当な本を読んで欲しかったらしく、「ハリーポッター」を買い与えられました。が、それが運の尽き。当時仲の良かったクラスメイトに「ハリーポッター」の恋愛小説あるよと、強ち間違いではない説明とパソコンサイトと夢小説とサーチエンジンを教えられ、インターネットに目覚めました。情報の授業なんて当時なかったから、独学だよね。勝手に触って覚えたよね。というかサーチエンジン、まだ現役なんですか。ツイッターで垂れ流しになっているJr妄想タグ見ると居た堪れなくなるんですけど、パス掛けて厳重にひっそり活動時代の化石なので、今どういう自主規制なのか気になるマン。いやしかし、自分の名前入力してプリント出力していた過去、マジで消したい記憶ベスト3には入る。##name##で名前変換されないとかタグがおかしい~~仕事して~~~って怒り狂いながら学校の視聴覚室のコピー用紙クソほど使って出力したこと、紙を詰まらせたこと、その節は本当に申し訳ありませんでした。ということで、大体このあたりでオタクの土壌が出来上がった感があります。

 

 ・三次元

周りは当時、ジャニーズというより俳優とかW-inds.にハマっていた。かく言う私もW-inds.好きだったし、なかでも龍一くんは最高にかっこいいと思っていた。それにしても、二次元に比べて熱量違いすぎて笑う。内容がないのでサクッと次行きます。

 

●中学生

・二次元

当時、近所のお姉さんが週刊少年ジャンプ花とゆめを毎号購入されており、読み終わると何故か私にくれるという神の恩恵を受けていたので、無事(?)に二誌を履修。秒で読んだ。そして小学生時にハマった夢小説、読むだけでは飽き足らず、レンタルサーバー借りてホームページを作り夢小説を自ら書き始める。ロリポップ、2Style.netと忍者には特に世話になった。ジャンルは「ハリーポッター」「テニスの王子様」「Whistle!」(笛!に関してはその当時ハマりしてたし、今何故か満を持してこの頃のオタク、もとい今金をホイホイ出すアラサー以降の年代をターゲットに公式イベントが開かれていて、最高に懐かしくて秒でイベント参加したしグッズも買ったんだけど、三上亮は私の中でJ2プロ志向でずっとサッカーに携わってサッカーと共に生きていくんだと思ってたのに百貨店バイヤーで海外飛び回ってるという公式未来が出てしまって三上強火担として公式は認めたいが20年ものの妄想が熟成されすぎてて認められない拗らせた女になった)あの頃の熱意は何だったのか、HTMLとかCSSめっちゃ勉強した。人様のHP見てタグ勉強してた。勉学に励めよという話である。まあそんなこんなで古本屋の立ち読み等をして...……あの本当に申し訳ありませんでした。そこで漫画はたくさん読んだ。そして私の腐女子人生で外せない「LOVELESS」と「最遊記」に出会ってしまった。お察し下さい。ちなみに初めて持った携帯のメアドはbeloved.soubiにしていた。再びお察し下さい。

 

またラノベについても、ガンガン読んだのはこの時期です。私の通っていたのは一般的な公立中学なのですが何故か図書室の本が充実しており、リクエストすれば本を購入してもらえる環境だったので、読みたい希望リストに大量のラノベを書き込みまくり、母校の電撃文庫充実させたのは私です。後輩は私に感謝して欲しい。「ブギーポップ」「キノの旅」「ダブルブリッド」「キーリ」あたりは未だに読み返すし、これまた結局大人になってから自分で買った。他には「十二国記」にハマって、中華ファンタジー、ハイファンタジーをひたすら読んでた。浅田次郎司馬遼太郎に手を出し、そっち方面に造詣が深くなるも結局の所キラキラBLもどきのなんちゃって歴史漫画で史実と著名作者のストーリー組み合わせて悶絶する遊びを覚えるなどした。これは正直今でもやる。

 
・三次元
漫画、ラノベ、ときたらお次はアニメのターンです。小学生の頃ような純粋にアニメを楽しむよりも、キャラが動いて喋る尊さとストーリー性、何より声優そのものに興味を持つようになりました。「声優グランプリ」とか買ってた。この頃はチャンネルを回せば関智一が大体主役やってたし、サブキャラだろうと関智一が出ていた。私が関さんにハマるのに時間はかからなかった。むしろ秒。毎週日曜は「智一・美樹のラジオビッグバン」を欠かさず視聴してたし、その時間帯前に放送されてた「アニメロミックス」と「こむちゃっとカウントダウン」も合わせて聞いてた。中でも私はドラマCDが好きで「東京アンダーグラウンド」「ガンダムSEED」のは少ない小遣いの中から捻出して全部買ってた。その派生でその他の声優さんについても知識が増えて、おまいつな声優の名を覚えるに至りました。

 

しかしながら今やどっぷりずっぷりなアイドルには一切興味がなく、なんなら嫌いだった。何故なら学生カースト最上位層がジャニーズを好きなことが多かったので嫌い!ってなってた。お察しの通り根が暗いし陰キャなので、当時の私は学生カースト最下層のオタクでした。最下層オタクは上位層の女が嫌い説、あると思います。あの子らが好きなものは私は全部嫌いという天邪鬼発動して、兎に角ジャニーズは嫌いという思いで三年間を過ごした為、この頃のジャニーズの記憶がない。逆にハマッたのはヴィジュアル系。厨二を拗らせていたので、薄暗いものに惹かれるのは自然の摂理、ということでドはまりした。しかしながら分かりやすいメロディーとそこまで奇抜すぎないものが好きだったので、その点「Janne Da Arc」は最高でした。中学では総合的な学習の時間という謎の時間があったので、自主学習で歴史上のジャンヌ・ダルク調べて、アーティストのほうのジャンヌの歌詞とリンクさせて尊~~~ッッ!!!みたいなことをしてました。「T.M.Revolution」「ガゼット」「Kagrra」「雅」「ナイトメア」らへんを聞いて育ちました。超ライト層。V系好きとかあんま言えないんですけど、まあまあ好きでした。

 

●高校生
・二次元
ほぼ中学の延長線上のオタク。しかしここでゲームに手を出した。何故ならお年玉を貯めてPS2を手に入れたからです。中でも「戦国BASARA」と「ドラッグオンドラグーン」はのめり込みました。BASARAは英雄外伝のお市ルート、DODはマルチバッドエンディングという超鬱展開。創作としては報われない話が大好きな時期だったので、この二作のお陰で薄暗い小話を書くオタクに変貌。夢小説書きから、ノマカプ書きに変身しました。なのでやってみたかった活動だったサークルを作ってコミケやオンリーで本を作ってイベントに参加する側になったり、コスプレを始めるなどした。化粧のスキルはこの辺から学んだ。カラコンとヅラとつけまの偉大さを知った。最初は見れたもんじゃなかったと思うけど、段々マシにはなって行くから人間学ぶものだと思った。今は亡きCureに登録してたよ。
 
 
そして何だかんだでアニメをよく見た三年間だった。色んなものが流行っては収束してたけど「鋼の錬金術師」「コードギアス」「おおきく振りかぶって」あたりのジャンルをひたすら175していたし、90年代のアニメDVDをレンタルしてはず~~~っと見るなどしていた。一月に2~3本長めのアニメ見るx3年間。だいぶ目が肥えた。
 


・三次元
女子高に進学したので、ジャニオタ大量天国でした。中学の時とは違って学年ぐるみでみ~んなジャニーズ大好きな環境。ちょうど野ブタをプロデュースが大当たりしていた時期、修二と彰から熱狂的ブームが生まれた気がする(母校で)。You&J全盛期でもあり、クラスの大半が加入している状況。授業中に団扇作るクラスメイトはざらにいた。ジャニオタの配分的には4割エイター、3割パーナさん、3割ハイフンだったように思う。Jr担はあんまりいなかったような、ごめん記憶が.....何せ十数年前のことなので許して欲しい。オタ三誌の回し読みが公然と行われていたので、私自身もなんとなくジャニーズに興味を持つようになって、そこでキスマイを履修して今に至ります。

 
そうしてジャニーズはゆる~く薄目で見ていた為、特にコンサートに行くでもなく何もかもが茶の間。そのまま高校卒業と思っていたんですが、大学は推薦組だったので高三の後期は時間があまり余っていた。そのためアニメの消化三昧の生活+当時流行っていたニコニコ動画テニミュの空耳動画を見るなどして暇を持て余していました。テニスの王子様のミュージカル、噂には聞いていたもののなかなかシュールだなとひとまずの感想。ボールがライトだし、ラケットは空振り。奇抜な髪のカツラ、独特なカラフルなユニフォーム。もうね、すんごいシュールなわけです。演技経験のあまりない若手の俳優、演技もふわふわだし、歌も音程が外れてる。な~んて思ってたら、見つけてしまった。加藤和樹城田優を。2人が歌う跡部と手塚の試合で歌われる、一騎打ちという曲。とにかく歌がうまいわビジュアルは良いわで、えっ~~~~~~???(衝撃)気づいたら転がってた。ここからテニミュ2代目~1stシーズンに金ぶん回す、2.5系舞台と若手俳優へのオタクの道を進む契機となりました。しかしアルバイトもしてない学生、チケットを買う余裕もなく、ハマった時期も舞台あまりやっていなかったこともあり、本格的に観劇するようになったのは大学入学してからです。
 

 

●大学生

・二次元
ここで今まで手を出してなかった乙女ゲームの沼に入水。沼は深かった。基本はルビーパーティのオンナなので、ネオロマンス界に生息していました。「遙かなる時空の中で」「金色のコルダ」「アンジェリーク」私のオタク根本が夢見る別の世界観大事系なので、ルビパはまさにドンピシャジャンルでした。そして攻略対象の男キャラクターを横抱きにするなど半端ない漢気を感じ、その後の私の中での戦う女の子の象徴となる「遙かなる時空の中で3」の春日望美との邂逅を経て、ゲームして学校行っての日々を4年間送った。他メーカーだとオトメイトが割とよくプレイしたんですが中でも「緋色の欠片」がクソ長クソゲー誤字脱字と言われてますが、私は好き。また学校が片道1時間半だったので、通学時間が長くてラノベ系と普通の本をたくさん読んでました。ラノベだと「彩雲国物語」にドドドハマり、これはノマカプで小話書いて本を出したりオンリー参加をしたり、アンソロ作ったりしました。そしてこのジャンルで私は初めて「私以外書いてないカップリング」というドマイナーを経験し、作った本を買って頂く方々に「初めてこのカップリング見ました」と声をかけられ続けるという不遇の時代を過ごしました。幸いにも自萌え出来るタチだったので、自給自足の世界はそれはそれで楽しかったです。 

 

・三次元

大学入学、アルバイトをし始めたことにより自分の好きに使えるお金という選択肢コマンドが出来、高校卒業間近にハマってしまったテニミュとそれらに出演していた俳優もとい、三次元の異性を追いかけるということが始まりました。当時は、テニミュ出身/特撮出身の若手俳優と呼ばれる人たちをマルッと応援してました。テニミュが公演していればそちらに行き、並行して桜田通、加藤和樹佐々木喜英が出てる他の舞台やイベントに足を運ぶ日々。学校としては(テニスの)、立海が好きだったのになぜか全く別の学校の俳優にハマった。この3人、今思い返しても顔のタイプが全員違う。中身も違う。これ以降、三次元の男性達にメロり続ける羽目になったのですが、未だにハマる、というか堕ちる男のタイプが毎回異なるので、恋と推しとの出会いはフィーリング、タイミング、ハプニングの3つのing法則、あると思います。

 

しかし舞台はチケットが高い。高いくせに現場は星の数程あった。推しは出ていなくても舞台そのもの、生のお芝居の楽しさに厄介なことに目覚めてしまったので、現場の為推しの為私の為、大学4年間ほぼバイトしてました。週7バイト生活。学校行くよりバイトして日銭を稼いでいた時間のがきっと長かった。勉強しろよという話である。ただその分いろんな種類のアルバイトを経験出来たので、それはそれで良い社会勉強になった。今思えばデスクワーク系の仕事の(雑誌編集とか)とか、どうせなら将来に繋がるバイトをすべきだったとは思う。後の祭りというやつです。

 

テニミュ、この頃にはもう既に人気だったこと、元々原作人気やキャスト人気も高かった公演、というかぼかす必要もなく全国氷帝のことなんですけど。東京公演も凱旋の東京のチケットも取れなくて白目剥いてたら、なんとテニミュ初の試みで海外公演(韓国)が行われるということが決定。せっかくだったら行こうと何故かノリで韓国までテニミュ見に行ったりした。何せ大学生、金さえあれば時間は無限にあった。そんなこんなでこの韓国が、私の初めての海外遠征デビューとなりました。遠征も旅行も出来て一石二鳥はここで学んだ。まさかそのあと韓国アイドルにハマり、かなりの頻度で韓国に訪れることになるとは、この時の私はまだ知らない。

 

なんのきっかけだったか、ジャニーズにもきちんと興味を持ってYou&J民してたので、NEWSと関ジャニのコンサートは行ってた。キスマイは同い年の宮田くんがいたので、たま~に少クラ見たりしていた程度。そして大学3年のある日、前述の通りKPOPにハマッた。この頃、今思うと嘘みたいな話なんだけど、毎週のようにKPOPの合同イベントが横アリや東京ドームや代々木体育館で行われてたので、行く度にパフォーマンス見てかっこいい何これ、このグループ気になるんですけど~~!のループに突入。「超新星」「Super Junior」は辛うじておっぱと呼べた(오빠、おっぱ、年上のお兄さんのことを指す言葉です)。なんて良い響きなんだろう。おっぱ。まだこの時点では私よりみんな年上のアイドルだった。私も年上が好きだったのに、気づいたら応援対象者はいつの間にか年下ばかりになっていくスパイラルに突入(年下という意味では前述の桜田通が初めてではある)。そして大学終わりに出会ってしまった年下のアイドルがいる。名前は「INFINITE」のチャン・ドンウ。韓国でデビューはしているものの、日本デビューはまだという当時ではこれから旬になる存在だった。韓国で放送されていたリアルバラエティ番組、合宿所のようなところにカメラを設置して、彼らが日々楽しく過ごす様子を見てしまったのが運の尽き。アイドルの関係性、各々の性格を番組を通して知ったことで、パフォーマンスのカッコ良さとのギャップを無事に受信。転がり落ちるのは早かった。

 


●社会人

・二次元

ここから二次元はアニメと漫画はたまの消化。ゲームは専らPSPで出来るもの、ということでオトメイトゲーばっかりになる。「CLOCK ZERO」「夏空のモノローグ」「十三支演義 」「十鬼の絆」「華ヤカ哉、我ガ一族 」「NORN9 ノルン+ノネット」「Princess Arthur」「二世の契り」「ARMEN NOIR」「カヌチ」「ワンド オブ フォーチュン」「デス・コネクション」それにしてもよくプレイしたなこの数。しかもこれ全部2013~2014年頃の発売ゲームなのでその1年でプレイしたものです。最初の会社に入社直後はパワハラ超絶ブラック環境に身を置いていた為、ストレスでオタク活動一切出来てなく、7ヶ月で自主退職してその後2年程KPOPハマってそのムーブメントが終わるまでは、二次元一切触れてなかったなと今更の振り返り。社会人化が進むと、ゲームをする時間を確保してゲームをするという元気がなくなり、今現在ゲームが出来ない身体になってしまった。歳を取ったことをこんな所で感じた。アニメもそんな感じで、おそらく三次元オタク辞めたらやること無くなるので、アニメやゲーム消化に取り組む気力が出てくるだろうけど、なかなか消化するにも時間が有限で難しい今日この頃。その辺、漫画は気軽に電子書籍でサクッと読めるので続き物は継続購入したり、気になる漫画は大人買いして読んでます。最近読んだので面白かったのは「あさひなぐ」「アオアシ」「かげきしょうじょ!!」「ダンス・ダンス・ダンスール」「ボールルームへようこそ」共通点は高校生の熱血・友情・勝利です。青春の追体験を求めがちなのは自分でも薄々存じてます。

  

・三次元

有限のはずのお金、無限に使い始めたのが社会人になってから。「INFINITE」は私がちょうど就職した年に日本デビューしまして有給駆使してデビューお披露目イベント、勿論見に行きました。11月の極寒、寒風吹きすさぶ中で16時間くらいラゾーナ舞台最前で待機した。ここで私はファンサの威力を知ることとなった。ファンサされると、諭吉がびっくりするほど飛んでいくし使うんだなと学びました。テンションが上がりすぎた故に、某テレビ番組のインタビューを受けクソメロ声でかっこよかったです~♡めろろ♡って受け答えしてる映像が朝の番組で複数回使われたことも最早いい思い出。会社の人にも映ってたよね?と聞かれた。もう二度とインタビューは受けない。そんなこんなでオタクの財布、ガッチリ固定アイドルINFINITEさん。この日本デビューイベントをきっかけに、本国で開かれる音楽番組の観覧へ行ったり(朝4時くらいから数回に渡る点呼がある)、何故か韓国アイドルなのにタイで開かれるファンミーティングへ行ったり、オタク的海外進出してました。超アクティブ。20代前半って怖いもの知らずすぎて、今なら後ろから頭を叩きたくなることを数々行ってきたんですが、この時の大きな買い物はNikonのフルサイズ機とF値2.8通し望遠レンズを買ったことです。何に使っていたか、何をしていたのかはお察し下さい。多分普通の人の羽田空港滞在時間の一生分くらい、この期間で時間を過ごしてた。

 


韓国アイドル、とにかく追いかけるのにお金がかかった。資金的にも疲れてきたのもあって、この辺で一旦引こうかなと思っていたら、たまたま彼らが出演していたKPOP合同イベント会場でチラシ配ってた駆け出しアイドルにドボン。ほぼ地下アイドル。これより深い沼はないってくらい沈んだ。狭い界隈だったので流石にグループ名は伏せときます。そのグループは毎週のようにCD購入イベントがあったので、足繁く通う日々を過ごしました。チェキとツーショット画像は多分一生捨てられない。サインも捨てられない。どちらも私が死ぬ時に一緒に棺桶に入れてもらおうと思っている。活動としては、一眼カメラと望遠レンズ、それにお立ち台(カメラぶん回すのに頭一つ飛び抜ける必要があったので)を抱えて平日の公演イベントと土日のイベントに全出席オタク。平日は職場とイベント会場ガンダしたし、フレックスをめっちゃ使った。そう、社会性のないダメオタクとは私のことです。アイドル本人によって出欠確認のある現場、行かない訳には行かなかった。

 

ちなみにツイッターは推しに完全にチェックされてるし、エゴサも半端ないので、軽い気持ちで会社の忘年会くそだるワロタと呟こうもんなら次のイベント時に「そういや忘年会どうだったん?w」と面と向かって聞かれる。そういう距離感でした。なので応援にも自然と熱が入って、毎公演3000枚程度写真を撮り(動体だからひたすら撮ってた)、その内から10枚程度選別してからフォトショで修正(にきびとか修正してあげてた)してからツイッターとタンブラーに発信。曲動画も推しだけを追いかけたマルチアングル撮影を行い、YouTubeにアップする活動をした結果、推しの親と妹からフォローされた。認知の概念を疑うような距離感である。本人も自分のパフォーマンス確認するのに私の動画使っていると申告があった。そりゃ撮った甲斐がいるというもの。ますます熱が上がったわけです。また撮影した写真は丁寧に修正して、自費出版で写真集を作成、本人とその親に渡すなどしていたけど、多分この時の熱量はどうかしていた。私が応援しなくちゃしてあげなくちゃ脳は、すごく楽しかったけど、すごく疲れた。そして数年に渡る推しのグループが活動停止。理由はそれぞれの未来のため。いつかは来ると思っていた休止。これにより本人も芸能界引退して普通の男の子に戻ったことで、私、虚無。もう暫くは何もする元気が起きなかった。が、心はぽっかり穴が空いた状態。その穴を埋めるように、他の拠り所を求めるようになる。オタクは急には止まれない。止まると死ぬ。マグロかな。そうしてここから私はジャニーズ茶の間への道がスタート。

 

 

ジャニーズは割と打算的に「ハマろう」と思ったこともあり、元々好きだったキスマイと「世界一難しい恋」で気になってた小瀧くんのいるWESTの発売してる音源と映像買い集め、それからひたすら浴びるように摂取しました。私の中でアイドルにハマる法則として、バラエティ、コンサート映像、音源があったらある程度ハマれるのは分かっていたので、自ら飛び込んでいきました。勿論、オタク活動もしたい、ということでそれ用にツイッターアカウント開設することに。キスマイ・WEST両方ともアカウントを作ったはいいものの、キスマイでは歳の近いフォロワーが作りにくかったので、自然とWESTのほうで話したりできる人を見つけて(同世代~少し下の世代がかなり多い印象)、コンサート行ったり呟いたりという活動をまったり行っていました。結局どちらのグループも好きは好きだけど、推しのいなくなった虚無感というのは早々に埋められるものではなく、何をしてもやっぱり思い出すんですよね。もう二度とあんな風に、あの熱量でハマること、三次元のアイドルではなさそうだなと思っていた。割とマジで。まずあの距離感で認知されてオタ活動してたら、なまじっか普通のアイドルじゃ満足が出来ない。オタクは欲しがりなので、自己満足の突き詰め活動を頑張りすぎるとガス欠を起こす。現に無気力になって、あの青春よもう一度状態に陥った。

 

このままずっと茶の間でそこそこ楽しむ程度にジャニオタ、もしくは他アイドルでも追いかけるかけようか(実際に超特急にも手を出して、即ご乗車からの即下車してしまった)と思っていたところ、この夏にWEST担にサマステ連れてってもらい、彗星の如く私の心を掻っ攫っていったのが猪狩蒼弥くんという話。猪狩くんは本当にすごい。文明開化の鐘の音が聞こえた。そして今に至ります。

 

サマステのEXシアターの雰囲気は、私が散々通った地下アイドルの応援現場に似ていたし、ドリボの帝国劇場はテニミュの上演会場に似ていたこともあり、あっさりとその場に収まった、あるべき所に収まった感をJr担になった今、感じています。以前抱いていたJr担=怖そう、というイメージは割と早い段階で払拭されて、今を楽しんでる。何せ色々と歳の分だけ経験を経てきているので、今の私にとっては思ったよりもハードルが低く、すんなりとJr担になれたように思います。

 

きっと二次元だけのオタク活動だったら、まず三次元アイドルにハマってのめり込むということが難しかったし、テニミュを経てなかったら、舞台の観劇へのハードルが高すぎた。地下アイドルを経てなかったら、EXシアターでそもそも心が折れてた。とにかく色んな現場や経験を経て、この子だ!という恋にも似た直感で猪狩くんを担当と呼び、応援すると決めたここ数ヶ月は毎日とても楽しい。基本的に自身のオタク活動において自分の気持ちを発散したいので、こうしてブログを書いてあれこれ論じるのも楽しいし、幸いなことにHiHi Jetsについて語れるお友達もできて、何だかんだ今まで歩んできたとっ散らかったオタク活動も無駄じゃなかったな~と思う。というのが私のオタク遍歴です。笑


以上です。